マルジェラ誕生編 デザイナー『Martin Margiela』の歴史

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ファッションに大きな影響を与えたデザイナー『Martin Margiela』の歴史〜誕生編〜

 

今日はファッション業界に大きな影響を与えたデザイナー

“Martin Margiela”について書いていきます。

 

Martin Margielaについて

マルジェラ本人画像マルジェラ本人画像

名前         Martin Margiela マルタンマルジェラ

出身         Genk ヘンク(ベルギー)

生年月日 1957/4/9

 

出身地Genk:ベルギー

ベルギーヘンク

マルジェラは1957年4月9日、ベルギーの郊外、ヘンクで生まれました。この町は工業が盛んで自然豊かな街といえるでしょう。人口約6万人と小さな街ですがそんな環境で育ったマルジェラには何かインスピレーションされる魅力がこの街に隠されているのかもしれません。その証拠にこの街にはもう一人、ファッション業界に革命を起こした人物”Raf Simons”故郷でもあるのです。

 

 

アントワープ王立芸術アカデミーファッション科に入学:1977年

アントワープアントワープ王立芸術学院

参照元:https://www.fashionsnap.com/article/anterp/

1977年にマルタン・マルジェラはアントワープ王立芸術アカデミーに入学しました。

そんなアントワープのファッション学科にとっても大きな転換点を作ったのが6人(7人)の学生たちでした。

Ann Demeulemeester(アンドゥムルメステール)

Dries Van Noten(ドリス・ヴァン・ノッテン)

Walter Van Beirendonck(ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク)

Dirk Van Saene (ダーク・ヴァンセーヌ)

Dirk Bikkembergs(ダーク・ビッケンバーグ)

Marina Yee (マリナ・イー)        の6名です。

Antwerp Six

もうすでに名前を聞いたことがあるのではないでしょうか(笑)

彼らは80年代後半にロンドンコレクションでショーを行い、それが話題となり”アントワープの6人”(Antwerp Six)”と呼ばれるようになった。Marina Yee (マリナ・イー)のデザイン業休業により彼らの1学年下の Martin Margiela(マルタンマルジェラ)が”アントワープの6人”(Antwerp Six)と呼ばれることもあります。

それだけ当時のベルギーのデザイナーは前衛的なデザインを求めていて今のファッションに大きく影響を与えていることが分かります。

そんなファッション革命のど真ん中に学生時代のマルジェラがいたことが分かりますね!

 

 

卒業後のMartin Margiela:1979~1983年

MaisonMargiela

卒業後マルジェラはフランスのパリに拠点を置き約5年間フリーランスのデザイナーとして働きました。

1983年春、ITCB(Belgian Institute For Textile and Apparel)が主催した「カネットドール(La Canette d’Or)」の’83年ゴールデンスプール賞を獲得。

その際、

作品のインスピレーションソースは?という質問に対し、

“「たとえば、1900年代の改革期、労働者の制服、初期の女剣士たちのスタイル。個々の想像上の世界を組み合わせながら、”全体”を創造していくのが、私は好きですね」”

当時26歳の彼の創造力に反骨精神がありますね。

 

 

ジャン=ポール=ゴルチエでの経験:1984~1987年

Jean-PaulGAULTIER

1984年にパリで見たゴルチエのショーに感動し1984~1987年の3年間デザインアシスタントとして経験を積みます。

Jean-Paul GAULTIERは、フランスのファッションの中心を担った1980年代を代表するブランドで、デザイナー本人はファッション界の異端児と呼ばれています。。個性的なモデルを起用し、性別やジャンルを超越したコレクションを発表するゴルチエはアバンギャルドでパンク精神を持ち合わせた天才デザイナーの1人です。

そんな彼のもとで働いた経験はのちに独立する彼の糧となったに違いありません。

 

ブランド『Maison Martin Margiela』を設立:1988年

メソンマルジェラ

1987年、ジャン=ポール・ゴルチエの元を去ると1年後の1988年にベルギーのファッション界ですでにその名を轟かせていたJenny Meirens(ジェニー・メレンズ)と出会います。

ジェニーメイレンス

彼女との出会いは彼にとっても大きな財産であったことをブランドドキュメンタリー映画”We Margiela”からも伺えます。

まだアントワープ王立大学で学生をしていたときから、すでにブリュッセルに自身のショップを持ち、当時パリに出てきたばかりの”Yohji Yamamoto”をいち早く買い付けたりとクリエイションの質を見極める優れたインサイトとビジネススキルを持つ彼女に、「私のブランドを立ちあげたいから、クリエイティブチームのひとりになってくれ」とマルジェラ自身が懇願したことが『Maison Martin Margiela』の始まりでした。

白タグと四つタグの誕生

マルジェラ白タグ

ブランド Margiela で欠かせないのがこのタグ。

初期のMargielaはタグに何も書かれていない通称”白タグ”が使われていました。

白タグがなぜ生まれたのか。

ブランド立ち上げ当時、自分のステータスをアピールするパワードレスがもてはやされていたがその服にどんな価値があるのか、そもそも「ブランドもの」なのか、わかる人にしかわからなかった。

ブランド名のないタグでデザインを本来の姿に戻したいという信念を象徴するものだった。

マルジェラは白タグのアイデアにあまり乗り気ではなかったが、条件つきで賛成した。ブランドロゴを付けない代わりに4つのしつけ糸でブランドプローチを取ることにしました。

こちらが先ほど紹介したドキュメンタリー映画”We Margiela“のジェニーがタグの秘話を話す予告版です。気になる方は絶対に見て欲しい映画です。

 

ブランドロゴはある種服のデザインよりもブランド価値で評価してしまっているかもしれないファッション市場に先入観を取っ払うタグでブランドをスタート。

かなり強気ですがアート要素が強いですよね。デザイナーの本質が伝わります。

 

ここからようやく”Maison Martin Margiela”のコレクションやデザインの特徴などに触れていきます。

ちなみに僕は”Maison Martin Margiela”めちゃくちゃ大好きなのでおすすめアイテム等も紹介できたらと思います!

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